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2012年7月 5日 (木)

カンボジア通信最終号

日本の日々はなんだかあっという間です。

カンボジアにいたことがウソのようです。

それでも、以前とちょっと違う自分を感じることもあります。

今の気持ちを拙いながら言葉にしてみました。(できたかな。。。)

「cambodia.pdf」をダウンロード

今回は素敵な隊員仲間にも協力してもらいました。

本当にありがとう。

どうか元気に日本に帰ってきてください。

そろそろ 「はじめのい~っぽ」も最終回です。

2012年6月27日 (水)

日本帰国1週間

みなさんこんにちは。

私は6月20日に無事成田に到着し、東京での研修を終え現在は岩手県におります。

カンボジア派遣中に、温かい励ましの言葉を下さった皆様

本当にありがとうございました。

連絡が遅くなりまして本当にごめんなさい。

私は元気です。

カンボジアの様子を伝えるために始めたこの「はじめのい~っぽ」

ブログの最後はもちろん「さよならカンボジア」

で締めくくる予定だったのですが

筆不精な私。

帰国準備~帰国まで毎日があっという間に過ぎていきました。


実家の岩手県に着くと、以前と同じ生活が待っていました。

違っているのは、両親が少し歳をとってしまったことと

自分から見える景色。

同じ場所、同じ生活にに戻ってきて初めて、

あまり変わっていないとおもっていた自分が(肌の色以外)

やはり少しずつ変化していたのだということを感じています。

ただそんな気持ちもきっと今だけのものでしょう

だから

はじめのい~っぽはもう少し続けたいと思います。

もしよろしければお付き合いください。

2012年6月11日 (月)

なんとΣ(゚д゚lll)コンポンチュナン最後の週末です。

いろいろ忙しかった1週間。

気になるのか毎朝早くに目が覚めていました。

今日はお休み。

昨晩は「よしっ 寝坊するぞ~」と思ったのですがやっぱり早起き。(歳のせい。。。??)

でも東向きの我が家は朝がとっても気持ちがいいんです。

外がだんだん明るくなって、白いひかりが窓から差し込んできます。

お庭では大谷さんたちの掃き掃除が始まっています。

バイクの音はまだまばらで、聞こえてくるのは鶏の鳴き声、犬の声、鳥の話し声

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せっかく早起きしたのでプサー(市場)に遊びに行くことにしました。

豚の頭や、右腕くらいの大きさでぬるぬる光る淡水魚や

スナック替わりのあげコオロギがならぶ市場に、初めは「うわぁ。。。」と思ったわけですが

今では楽しいです。

とくに朝の市場は人も多いし、モノも多いし新鮮で飽きません。

今晩の夕食とかぼちゃのデザートを手に入れました。

それにしても、今日はいろんな人に声をかけられます。

近所のおばちゃんが

「タウナー?(どこ行くの?)」

市場にいくとロックルー(男の先生)にばったり遭遇

「ティンアイ?(何買ったの?)」

写真屋さんに行こうと家を出ると、近所のネアックルー(女の先生)が

「マオレーンサン!(ちょっとよって来なさい)」

こんな優しい人たちに囲まれてコンポンチュナンで過ごしてきました。

2012年6月10日 (日)

こちらも最後の授業

教頭先生にいただいた「簡単実験授業」

祝日やテストで潰れてしまった為6時間の授業計画は

3クラスのうち2クラス消化、1クラスが未消化になりました。(1クラスは残念!)

こちらも最後の授業

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クラスによって大分雰囲気が違いますね。(笑)

あと半年もすれば新任としてデビューする彼らたち。

先生になりたくて先生を目指す生徒もいれば

資格が欲しくて養成校で学ぶ生徒

選択肢が乏しいカンボジアでは仕方なくと先生を目指す生徒

背景は様々です。

初任の学校も、街の中心部に移動できる生徒はほとんどなく

市場までバイクで何分も走らないといけないな~んにもない田舎の学校へ赴任になったり

赴任先には先生が2~3人しかいないため いきなり校長先生になるはめになったり

実家からバイクで2~3時間も離れた場所に赴任したり

日本では想像がつかないような大変なことが待っていると思います。

でも少しでも「楽しい」気持ちで生徒に接して欲しいです。

私も日本でがんばります。


出張授業その2 単元:骨

日付をみたら5月28日の話でした。

もう2週間も経っていました。

早いなぁ。

前回の出張授業のあと、「他にも何かできる授業はありますか?」と担任の先生が聞いてくれました。そこで今回の第二回出張授業を行うこととなりました。

学年: 4年生

生徒: 41名(女子 27名)

単元: 骨と筋肉

ねらい: 自分たちの腕を観察することによって、腕が骨、関節、筋肉などからできていることを知る。

○導入;

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「美味しい水がありますよ~

 飲みたい人?」               と生徒から2人を選ぶ。

一人の生徒には右腕の関節部にダンボールを巻きつける。

2人に水がはいったコップを渡す。

関節の自由が効かない生徒は水を飲むことができない。

「なぜ水を飲めないの?」  

この発問から関節部の構造がどうなっているのか生徒に考えさせる。

インターネットから見つけたこの導入(日本の小学校の先生は本当に工夫が上手です)

カンボジアでは子供も大人も馬鹿うけです。(↑写真は養成校で授業したときのもの)

○展開;

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「腕がどんな構造になっているか観察しましょう。」

ということで、友人の腕を触ったり曲げてみたりしながら観察する。

「硬いところには何があるかな?その周りはどうなているかな?」

結果を図に書き込む。

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私の説明がはっきりしなかった為か、初めての作業に少々戸惑う生徒たち

それでも作業は楽しかったようです。

じっくり時間をかけて観察してもらいました。

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養成校の先生(写真右 白い服の方)も見に来てくれました。

○結果発表;

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みんな発表が上手です。

いろんな腕が黒板に並びました。

○まとめ・おさらい;

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私が提示する「骨カード」に合わせて自分の骨を触りましょう。

「はいっ。頭蓋骨!」


というわけで

おかしなネアックルーせいこの授業は終了です。

楽しい時間でした。

ありがとう~



2012年6月 9日 (土)

日本語教室 ラスト

あれこれ最後が続くこの1週間。

お坊さんたちの「日本語を教えてください」

という直談判から始まった週4日の日本語教室も最後です。

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「今日は最後です。」

と授業のはじめに言うと(日本語で)なぜか笑いが??

今から15ヶ月前。

↑の直談判を受けたときは

日本語教師ではなく、クメール語が上手なわけでもなく、

理科の活動(本業の?)も何をしたらいいかわからない日々で

しかも勤務先とは全く関係のないお坊さんを教えること

には正直かなりの抵抗がありました。

一つの事(理科)が上手くできていないのに手が回せないと一度は断りました。

でもやっぱり今は続けてきてよかったと思います。

日本語はとても難しい言語です。

「が」、「は」、「へ」、「に」、「も」、「を」等の助詞に加えて

「会います」「会った」「会う」変化する動詞

私の書いているこの文章も正しいのかどうか。。。

それでもお坊さんたちは毎日一生懸命授業を聞いてくれました。

聞いてくれる人がいると教える側はがんばろうと思えるものです。

せっかく頑張ってくれている日本語を嫌いにならないように

会話をいれたり、ロールプレイングをしたり、しりとりのゲームをしたり、折り紙をしたり

皆心から楽しんでくれているようでした。

日本語教室を通して私は教えることの楽しさを再確認することができました。

そして、日本語教室とは言えども日本語以外の様々なこと

日本の文化やカンボジアの文化、私という人間のことやお坊さんたちのこと

本当に様々なことを交換し合えた気がします。

「日本語は難しい。だけど授業に来てよかった。」

こんな風に思ってもらえたら最高です。

2012年6月 8日 (金)

6月7日(木) 帰国まであと13日

もう。

ネットがよく途切れてしまう我が家ではブログは一苦労です。(と一言言わせてください)



今日はお別れ会でした。

送別者がお別れ会を開くカンボジア。

最初はなんか変だなぁと思いましたが

別れが近づくとお世話になったみんなにお礼がしたいと思うものです。

そんなときお別れ会はもってこいです。

といっても何か特別なことがあるわけではなく、みんなで食卓を囲みます。

やっぱり食事が大切なカンボジア

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あとお酒も。。。

顔と洋服のいろが同じ~と笑われました。

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こちらの人も乾杯が大好きです。

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朝から市場にいってネアックルー(私の右隣の女の人)と一緒に

日本食(巻き寿司とコロッケ)も作りました。

みんなも美味しいと言って食べてくれたし

ほんとに楽しい食事でした。

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先生たちからお土産もいただきました。

とても綺麗な卵色のシルクの織物です。

日本に帰ったら着物に仕立てたいと思います。

白い帯がきっと似合うはずです。

(帯もないし、着付けもできないのですが。。。まぁ練習すればなんとか)

みんなありがとう~


6月5日(火) 帰国まであと15日

気分が浮いたり 沈んだりする最後の1週間。

知り合いの先生に会うたびに

「もう日本に帰るんだね。さびしいね。」

と言われるようになりました。

嬉しいです。

でも

私は2年間で何ができたんだろう。

何が残せたんだろう。

と考えると心が重くなったりします。


不安そうに立ちすくむ私にいつもいつも優しくしてくれたカンボジアの人たち

私は一体どれだけお返しができたのでしょう。。。


日本語を教えた帰り道。

ふと見上げた空がとても綺麗でした。

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6月4日(月) 帰国まであと16日

任地で過ごす最後の1週間。

さすがに気分があがったり 下がったり。

少し気合を入れて学校へ行くと、私服姿の生徒たち

「ボッ チュナオット(選挙)だよ」と教えてくれました。

1993年に内戦後初の総選挙が行われて以来、5年に一度選挙が行われています。

今年で1。。2。。指折り数えてみると

げっ!5回目。

内戦の記憶がまだ片手に収まってしまいます。

一見平穏なカンボジア。

でも普通の日々のすぐ近くに不備、不条理が近づいていて人々は不満や不安を抱えています。

医療、社会保障、公務員の給与問題、官僚の汚職、若者の雇用etc

選挙管理委員を兼任している先生に聞いたところ

500人の有権者の地域で投票者は390人。投票率は約80%ということでした。

私も日本へ帰ったら選挙にいきたいと思います。


さて、もちろん有権者じゃない私は休日になってしまいました。

するとロックルー(男の先生が)うちへおいでと誘ってくれました。

わ~い

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連れて行ってもらったのは、内戦のときに中国が作ったという飛行場跡です。

内戦。。。

写真は管制塔です。

目の前は田んぼに、そして管制塔のまどには洗濯物がかかっていました。(笑)

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今でも十分使えそうな滑走路。

空がとっても広く見えました。

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案内してくれた先生と大のお父さん子の娘さん。

あったばっかりの頃は私の顔をみてはお父さんの後ろに隠れていた小さな女の子でした。

今は小学1年生。

おしゃべりでおしゃまな女の子です。

自分の家に植えてある果物の木について一生懸命教えてくれました。

目の前に見えるカンボジアの日常が全てキラキラして見えてしまう1日でした。

目がおかしくなったか。。。





2012年6月 3日 (日)

手作業

今年のタイの洪水は日本でも有名になったようですが

もちろんおとなりカンボジアも大変でした。

でも10年に一度はこんな状態になるということで

意外と平気なカンボジアの皆さん。。。

でも平気じゃなかったのは道路でした。

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川の近くではとどまらずどこまでも浸水してしまった今年の水が引いたあとに残ったのは

応急処置として砂をまいたでこぼこの道路。

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※これは国道です!

だれが直すのかな~

なんて思っていたのですが

誰かが直さなくてはならないのです!

そう「誰かが」

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集まってきたのはスコップをもったお兄さんたち

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じゃりをもったおばさんたち。

日本だったら工事用の車が出てきてガガガ~とやるところなのでしょうが

1kmも10kmも延々と続く道をほぼ人出で直していきました。

道具はざる、スコップ。

道路工事以外でもカンボジアではさまざまなところで「人」と「道具」が活躍します。

私だっていちおう金槌くらいは使えるつもりなのですが

若い男の子達に金槌を持たせると同じものとは思えないように素早く綺麗に仕事が終わります。

道具が人の仕事を助けるために作られたものであったことを確認させられる日々です。

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